1-G 貿易実務業務からのニューヨーク実務研修

中国から帰国した私は財務部輸出為替課に着任しました。留学前は輸入為替課だったので、輸入と輸出と両方を経験することとなりました。単なる裏返しかというと、それぞれ業務に関する考え方が全く異なり、非常に勉強になりました。

同じ貿易決済でも輸入側はこちらが支払う側なので、遅れることなくモノが届くことが最も重要。できるだけ素早く決済して、B/L(Bill of Lading船荷証券)を入手して、貨物を引き取り、お客様に一刻も早く届ける。この効率性が重要でした。
しかしながら、輸出の場合にはモノを出すのが我々の仕事で、その対価となる資金を回収できるかどうかは、極めて重要かつ深刻なな問題でした。さまざまな形で発生する問題に対して、常に本質的にはどうなんだ、論理で詰めるとどうなるのだ、と考える癖のようなものが付いたと思っています。

それから約20年後に私は輸出為替課の課長を任されるのですが、若いころに徹底的に本質を突き詰めて染み込ませた知識や経験は年月を経て、多少のルールが変わっていたとしても、十分に活きるものだと実感しました。貿易決済の基本であるL/C(Letter of Credit 信用状)のルールである国際商業会議所が発行する信用状統一規則は2回ほどのルール改訂を経ていましたが、根本的な本質は変わることなく有効に活きているものです。枝葉の部分は時代に合わせて変わったとしても、太い幹の部分は変わるはずがない。私はよく、銀行の外為担当者には絶対に負けないと言い切ったりするのですが、その背景には、このような経験の裏打ちがあってのことなのです。

輸出で3年ほどみっちりと仕事をした後、私はニューヨーク店で1年間の実務研修に赴くことになりました。当時ニチメンの財務本部という組織は、若手の教育にはとても力を入れてくれていて、入社5-6年目くらいの社員をニューヨークとロンドンに一人ずつ1年の実務研修に送り込むという仕組みを作りました。私の前に一人実験的にニューヨークで研修をさせ、私達がニューヨークとロンドンに正式に送り込まれた第1弾になったものです。

当時のニューヨーク・ロンドンの財務部はいわゆる本社の財務と同様に資金繰りや小切手の支払い、外為決済といった儲からないけどやらねばならない会社管理の仕事と、債券運用や不動産投資等いわゆる金融で儲ける部隊の2パターンの仕事が存在していました。駐在員は儲ける金融に注力し、儲からないいわゆる管理部門業務は研修生が一手に担うという体制でした。研修生の費用は本社財務本部持ちでしたので、現地店としては、儲からない仕事を全部やってくれる無料の助っ人的な取り扱いを喜び、研修生は早い時期に海外を経験でき、本社ではまだ経験しきれていなかった業務も全部こなすだけの経験ができ、本社サイドは若手社員のモチベーションが向上するので、本部内の心理的エネルギーが高まるという全員にとってWIN-WINのしくみでした。若手たちもニューヨーク・ロンドンの研修のチャンスが回ってくるかもしれないと思うとそう簡単に会社を辞めるということも考えませんでした。

当時の会社のルールでは1年間の研修の場合には、家族帯同は認められていなかったのですが、ニューヨークに赴任する直前に結婚していた私は、会社に内緒で家内をニューヨークに呼び寄せ、ニューヨークの生活を一緒に楽しみました。
私達はマンハッタンの一番南、今はなくなってしまったワールドトレードセンターのすぐ横に狭い部屋を借りて暮らしていました。生鮮食品は歩いていけるチャイナタウンの八百屋や肉屋での買い物を楽しんだり、売れ残ったミュージカルのチケットを半額で買って楽しんだりと、長い新婚旅行のような生活だったかもしれません。
毎朝ワールドトレードセンターの地下から地下鉄に乗り、46丁目のオフィスまで通勤していました。

ただし、仕事に関しては、儲からない管理部門の仕事を全部担当しなきゃいけないので、強烈に忙しく、以前の駐在員が適当に処理していた帳簿上の不一致をきれいに片づけたりなどのおまけの仕事もあって、多忙を極めました。これもまた自分の幅を広げるにはとても良い経験だったなぁと思います。



お問い合わせ