1-M 香港での仕事

前回にも書かせて頂きましたが、香港に異動してから仕事の中身が大きく変わりました。
それまではプレイヤーとして良く働けばよかった、自分のことだけやっとけばよかった立場から、チームメンバーを引っ張ってモチベーションを高めるような仕事、いわゆる管理職的な内容に変わりました。

海外店での日本人駐在員の扱いは若手であってもローカルスタッフを指導する管理職的位置づけとされるものでしたが、やはり自分が長となり、指導も評価も全て自分で行うようになると考え方が大きく変わるものだと思います。会社の中でいわゆるミドルとして上からだけでなく、下からも頼りにされることが求められる、そんな立場に変わったのだと考えます。

自分事として捉えるマネジメントは小さな単位とは言え、とても楽しく充実したものでした。
それまで私は、仕事の依頼が来ると自分でやった方が早いと考えて、自分自身で請け負って対応していました。本社から日本語のメールで届く依頼事項をローカルスタッフに任せられないだろうと勝手に感じていたわけです。

しかしながら、ある時どうにも手が回らなくなった時のことです。かなり面倒くさいと思われる資料作成でしたが、ローカルスタッフに説明して作成を依頼したところ、あっという間に期待される資料を作ってくれました。
私が開眼した瞬間だったように思います。
「任せればいいんだ…」

この時を境に私のマネジメントとしての仕事の進め方は大きく変化しました。
仕事は部下に配分する。
マネジャーである私は都度都度進捗を確認しながら、必要があれば支援し、修正に導きながら仕事の完成に方向づける。
マネジャーである私の基本的な仕事は、楽しんで仕事ができる環境をいかに整えるかということ。
部下に任せられない、もしくは部下の手がふさがっている状態で投げられた仕事はマネジャーである私が対応する。
マネジャーがルーティンワークに翻弄されてしまうと方向性を考える時間が取れなくなってしまいます。だから、基本はルーティンは部下に任せておいて、ルーティンから外れたこと、あるいはトラブルが発生するような例外を自身で対応するというものです。

この時には、それがいいと思って手探りで自分の仕事の在り方を考えていたものですが、後日中小企業診断士の受験勉強をした際に自分のやっていたことが「例外の原則」として組織設計の原則の一つとされていたことを知りました。私はその後、試験に合格し中小企業診断士としての今があるのですが、その話はもう少し先でさせて頂くことにします。
ただ、自分の経験が先にあり、その経験を後々理論の裏付けを当てはめてみると極めてサクサクと理解できたことを記憶しています。

人の配置というものを考えはじめたのも、香港で働いている時期でした。
海外店では5年おきくらいに駐在員の任期合わせてマネジャーが代わっていきます。その時々のマネジャーの方針により、人の採用の仕方・業務分担・評価の仕方がまちまちなのはどの店に行っても悩ましいことでした。
そもそも海外店という小さな単位のそのまた小さな財務部という組織で、部長であるマネジャーが日本人駐在員になってしまうとローカルスタッフの昇進は課長どまりになってしまいます。実際5人しかいない香港財務部の中でベテランの2人は課長と言うタイトルが与えられていました。課長と言っても名ばかりで、マネジメント的な仕事をやらせてあげていたわけではありませんでした。また、香港の財務部では5人という小さな組織で一番年下のP君はずっと下働きのパシリ的な仕事しかさせてもらっていません。

P君と話しをしていると、なかなか面白い。彼は日本語でいういわゆるオタクでした。日本の漫画やアニメが大好きで、かつPC関連をいじることも大好き。私が日本に出張する際にはお土産として日本の漫画を求められました。日本語表記なんだけどと確認すると、マニアではそれが本物として希少価値を生むという答えに納得してしまいました。

そんなP君にシステム全般を任せてみたいと思うようになりました。当時は本社にはIT部門がありましたが、海外に駐在員を派遣するほど認知されておらず、香港店でもIT人員は不在で、ど素人の私が外注業者に委託して対応するという、とても困った状態でした。なにしろ外注業者の提案のよし悪しすら判断できませんでしたから。そんな中でP君の新たなタレントの発見は僕にとって極めてありがたいことでした。

その時から20年の時を経て、P君は今香港のIT部門を任される人材になりました。
数年前に本社で各海外店から次のリーダー候補を集めた研修にP君が参加した時には、声をかけてくれて、一緒に新橋で飲んだことは良い思い出になっています。

仕事も生活も充実した日々が続いていたように感じられたある朝に、マンションのドアのスキマに投げ込まれた日経新聞海外版をみて、息をのむことになります。



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