1-I ある社内会議の紛糾

その日は普通に出社した。先輩のEさんが体調不良で急遽お休みするとの連絡が入った。Eさんは国際金融部のエースで、この人がニチメンのプロジェクトファイナンスを回しているといっても過言ではなかっただろうと思います。社内の経歴的には既にあまりぱっとしなかった大阪財務部配属でニューヨークに駐在した後に東京の国際金融部にやってきた。東京が中心だった財務本部としては少しアウトローな感じだったが、仕事はすごくできる人だった。

Eさん病欠の連絡を受けた課長は私に「今日開かれるC案件の社内説明会議にEさんの代わりに、井村君でてくれるか?」と言ってきた。仕方がないので時間が足りないなぁと思いながらも案件の説明資料を読んでみると、なんだかとんでもない案件だった。

同業の総合商社のプラント案件に対しての差し入れ済みの保証の増額という案件だった。そのCという案件は同業他社の屋台骨を揺るがすかもしれない問題案件で当時話題になっていたものだ。私自身は自分の会社がその案件に保証を入れていた事実も知らなかったし、さらに同業の商社に頼まれて保証を増額するという内容に対して、経済的合理性を全く感じられなかった。
社内説明会というものは案件の内容の是非を議論する場だと心得ているので、なぜ本件を進めるべきでないかという点について疑問を投げかけ、説明を求めた。
説明されても理解できないため、さらに質問を投げかけ、なぜ本件に取り組むかの本質について強い反対を表明した。
私の厳しい追及に対し、案件を取り組む主管部の担当者の説明は曖昧模糊として、なぜ進めたいのか全く伝わらない。
そんな長い議論の末に担当者は言った。

「井村さんは聞いていないんですかね・・・」

僕は何のことやら全くわからない。何しろほんの小一時間前に出席を依頼され、案件資料もさっき目を通したばかりでそれ以上の情報はない。おそらく、私の??は担当者にも伝わったのだろう。背景の説明をしてくれた。

本件がいわゆる社長案件であること。社長は既に先方の社長に承諾することを伝えていること。担当部門も後から聞かされて担当しているだけで、自分の案件という意識すらないこと。担当者も本音はやるべきじゃないと思いながらも仕事だから進めているということ。

会議室にきまずい沈黙が訪れた。静寂を破ったのは普段はあまり発言しない経理の課長の関西弁だった。

「井村君の言ってることの方が正しいと思うで。わしらは審議部門なんやから、あかんもんはあかんと言うべきちゃうかな。ただし、経営には経営の考えもあるやろから、審議部門が否というたかて、経営がやるといえばやらざるをえんわなぁ。しかし、この稟議決裁の時点では、わしらはわしらの意見をきちんと表明すればええんちゃうか」

この稟議案件は審議部門の全部が「否」の意見を表明した前代未聞の案件となった。

その数か月後、私は大阪への転勤辞令を受け取ることになった。

 



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